水廻の総合商社  

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 ◎「番号」は「名前」に勝る


    

 「今朝クスリを飲んだかな?」「ここに何を買いに来たのかな?」は認知症の初期段階。もっと進むと「帰りの道が分からない」トイレの前で「トイレはどこですか?」と聞いたり。
「10年後には高齢者の5人に1人が認知症」とのいやな予測も出始めた。他人ごとではない。自分もいつかは、と思うと怖い。家族にも周囲にも迷惑をかけたくない。認知症の究極の症状は「自分が自分であることを証明できなくなる状態」だろう。どんなに弱っても「自分の名前」だけは絶対忘れちゃだめだ」と言い聞かせている。しかし最近「自分を証明する究極の決め手は名前ではないことが分かった。「名前」に勝るものがある。それは「番号・ナンバー」である。例えば自分の預金を銀行で引き出すとき、キャシューカードをATMに差し込み暗証番号を入れても番号が間違っていたらお金は出てこない。2度3度間違った数字を繰り返すともう万事休す。係の人に事情を説明しても出ないものは出ない。それどころか、振り込め詐欺ではと疑われてしまう。自分のお金なのに番号を間違えたら引き出せないが、番号さえ合っていれば他人のお金が引き出せる」。まさに「 番号」は「名前」に勝るのである。
私の周りには番号がいっぱいある。大別すると①自分を証明する番号。例えば、マイナンバ-、健康保険証、運転免許証など②日常の生活に必要な番号。例えば電子ロック、郵便受け、キャッシュカード、病院の診察券、各種ポイントカード、パスポート、会員権など。
パソコンを開くにもパスワードやコード番号が不可欠。
いずれも重要なもので紛失したり忘れたり間違ったりすると厄介なことになる。「名前」より「番号」を重視するようになったのはなぜか。
1、コンピューターによる管理、処理の普及。2、名前は同じものがあって区別しにくい。3、番号の方が親切、配慮が感じられプライバシ-を守ることにもなる。例えば回転寿司店;「お客様の安倍様、安倍様ア-お席が空きましたので〇番へどうぞ」とアナウンスするより「〇番でお待ちのお客様〇番へどうぞ」の方が親切。
病院;「安倍様、〇番の診察室へどうぞ」より「〇番さん〇番の診察室へどうぞ」の方が配慮を感じる。入試の合格発表;最近は受験番号のみで表示される。
〇さてここからがトイレの話。パブリックの個室トイレの扉に番号表示は見かけない。理由はいろいろ考えられるが、私は表示した方が良いと思う。理由は2つ①掃除やメンテの指示には番号があった方がスムースに運ぶ。②いずれ個室内部の安否確認、空室状況の把握にはスマホ、アプリが使われることになるだろうが番号なくしてプログラムは進まない。〇オレオレ詐欺で始まった特殊詐欺は手口を変えながら増え続けている。対策として「キャシューカードは渡すな。暗証番号は教えるな」と警察もマスコミも具体例をあげて警告している。しかし犯人側の手口は巧妙化するばかり。最近では前もって現金の存在を確認してから個人宅に押し入り強奪する「アポ電作戦」まで現れた。もうカードも暗証番号も関係ない。名前も数字も暴力には勝てない。困ったものだ。